【メキシコの歴史~独立からアメリカ、スペイン、フランス、イギリスの影響】 メキシコ・インターンブログ

こんにちは!メキシコシティの渡辺です。

今週はメキシコの歴史第2幕と行きます。先週は1800年代からの独立運動からイトゥルビデが1821年に独立に成功するお話をしました。

今週は、そこからさらにスペインやフランスの影響だけでなくアメリカやイギリスが登場します。

御時間があれば最後までお読みください。

 

1821年9月15日 メキシコシティに軍を率いたイトゥルビデは独立に成功しましたが、その後すぐに皇帝と議会が対立致しました。そして1823年イトゥルビデはイタリアへと亡命いたします。

イトゥルビデの後釜として政権を握ったのはサンタ・アナでした。共和政を謡い差別がなくなったもののサンタ・アナによる独立政権となっておりました。1824年イトゥルビデはメキシコへ帰還するもすぐさま処刑されてしまいました。やがて神聖同盟がスペインを支援し再度メキシコへと侵攻しました。それをアメリカは阻止しイギリスがそれを支援しました。しかしアメリカの狙いはメキシコを自分たちのものにするということであり、1845年にテキサスを奪い、1846年から1848年にかけてアメリカとメキシコの戦争となりました。

それにより敗北したメキシコはカリフォルニアとニューメキシコを奪われ領土が狭くなってしまいました。

その後のメキシコは内戦が多く続き、1858年から1861年にかけベニート・フアレス率いり自由主義対保守派のレフォルマ戦争となりました。それに勝利したフアレスは1861年メキシコ大統領となりました。同じころアメリカは南北戦争をしていてメキシコは「対外債務支払停止」をしており債権者国のイギリス、スペイン、フランスを相手にしていました。しかしイギリス、スペインは風土病などの影響も受け撤退し、フランス軍のみアメリカの影響が弱まったメキシコに攻め込みました。

1863年6月フランスによりメキシコシティは陥落し、翌年フランスのマグシミリアンがメキシコ皇帝となりました。1865年南北戦争を終えたアメリカは、フランスの撤退を促しました。フランスは財政力が弱まっていたので1867年ナポレオン3世は撤退いたしました。

しぶとく残ろうとしたマグシミリアンはメキシコ軍により処刑されました。

1872年にはベニート・フアレスが急死しましたが、1876年クーデターなどにより権力を得たポルフィリオ・ディアスがメキシコの大統領となりました。

このディアス政権は外貨を積極的に取り入れ経済を活性化させ、25年もの間大統領を務めました。

 

ということで来週がメキシコの歴史、最後の幕になります。活発化された経済により新しい時代とこれまでとは少し違った問題が起きてきます。

来週もよろしくお願いします。

 

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